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249件の内、新着の記事から30件ずつ表示します。


[254] 中東のクレーター推定

投稿者: 管理人 投稿日:2019年 4月14日(日)19時41分36秒   通報   返信・引用

平さん、こんばんは。さっそくお返事ありがとうございました!

いえいえ、先のカスピ海、黒海、バルハシ湖にみえるクレーター状地形の発生時期は、紀元前3000年ではなく、もっと昔の話です!そうじゃないと、そのクレーター状地形のサイズからして、すでに我々人類は絶滅して存在してないはずですからね・・(笑)

その時期はバンゲア大陸発生した2億5000万年前以降の時代でしょう・・・。

それで、昨晩の図はグーグルマップによる大雑把でしたので、再度、隕石落下の方位を定めるためメルカトル図法で作成しなおしてみました。図1です。

地図はこちらのサイトから引用しました。
http://user.numazu-ct.ac.jp/~tsato/webmap/sphere/coordinates/

こうみると、カスピ海と黒海は、同サイズのクレーターで、赤道と水平方向からの隕石落下によるもので、またタリム盆地は図のように23.4度の地球傾斜角に即した落下と考えてよいでしょう。

その大きな隕石の落下角については、概ね数種類しかないことを以前お話したとおりですが、平さんご紹介の図のように、地球を隕石の母天体が周回する場合は、古在機構の関係で、地球に対して垂直方向へと軸を倒して廻るものも出てくることも予測すべきですね。

それで、隕石の落下角度が低くなる場合、平さんの表現でいれば馬蹄型のクレーターになることがしられており、タリム盆地やバルハシ湖のケースはまさにその事例だろうと感じます。

また、昨年とりあげた半月型クレーターに属するのが、今回のカスピ海と黒海ですが、なぜ半月型になるかについては、よく地形をみていくと、黒海の場合はトルコの大地がクレーター形成の邪魔をして半月型になったようにみえますし、カスピ海の場合もやはりコーカサス山脈が邪魔をして、半月の西部分がかけてしまっているのがわかります。

カスピ海の東半分は、図の青矢印で示したように東から西へと落下した場合、トルコ・コーカサス山脈の岩盤へ衝突した衝撃波の関係で、土砂が東へと吹き飛ばされて埋まったとかそういうことが考えうるのではないでしょうか。

この辺の半月型クレーター生成の謎は、まだ未解決でしたので、またあわせて、お気づきのことなどございましたら、分かち合いください。

あと、平さんご指摘のように、有史上の隕石落下については、記録や伝承、関連地名が残っている可能性があると思いますので、ぜひ探してみてください!




[253] Re: 中東の隕石落下ルート

投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2019年 4月14日(日)05時34分53秒   通報   返信・引用   編集済 > No.252[元記事へ]

管理人さまへのお返事です。

お早うございます^^。 巨大天体衝突へのご考察ありがとうございます。
そのなかで人類史(3,000年前後)においての天体衝突による被災と、その移動について考えています。

中東の黒海、カスピ海。タリム盆地、バルハシ湖等を衝突地と考えておられるのですね。昨年の支笏湖でしたか^^?。その衝突地形が半月型になるとのお考えには新鮮さを覚えました。この度の黒海、カスピ、タリム、バルハシ湖等も図のようなお考えなのですね。今までそのような見方をしたことがなかったので、これも新鮮さを覚えます。これらが母天体の周回で一度期に落ちたものか、その周回の度に分かれて落ちたものかは気になるところです。

わたしの考えは、その衝突規模の大きさから人類史以前の地球肥大化時での衝突ではと感じています。参考のためにmy報告書から「地球肥大化の模式図」を載せておきます。民族が移動した三千年前の衝突では、もう少し小さかったのではと思っていますから、それに該当するものは無いでしょうか~~!。

わたしは、直径が10・20kmサイズの天体衝突でも生物や人類は生き残ったと考えています。例えば、その衝突による爆風が速いとき物陰に隠れていれば渦巻きが発生し、その囲まれた空気によって助かる場合があります。広島の爆心1・2kmや、九州火山爆風で車の影、台所レンジ爆発で壁も飛ぶほどの威力なのにレンジの高さが影になって助かったことがあります。素人のぶっ飛び論では、マダガスカル島の影のコモロ海域、インドネシアのシーラカンスも島影で巨大津波から生き延びたとしました~~!。

岩手県に「遠野」という地名があります。私が釜石鉱山体を衝突隕石だとしているのは以前に述べていますが、これに接した西隣が遠野市です。この「遠野」とはどこの誰が付名したのでしょうか? ここに近すぎても、ここに関係ないような遠くの人達にあっても、この地名は付きません。おそらく北上あたりか、それとも仙台あたりかも知れません。北上にすれば40km。仙台にしても100kmほどしか離れていません。衝突地の直径が20kmもあるのにですよ。

岩手県に「物見山」という地名があります。「被災のモトはどこか??」 一時的な災害が落ち着けば、その地が「どこか?」と捜したいのが人の常。物見山に登ってかなたの「岩の手方面釜石」を眺めたのでしょうね。キット^^! ちなみに物見山は2ヶ所あります。さらに、宮城県境だったかな? その "衝突熱" がいつまでも冷めやらぬ「霧立山」があります。そして、焼けつくした「黒森山 2ヶ所」。立ち枯れして「白髪山」。これは後の "白髭山信仰" へと変わってゆくのは先様方の知るところです。

ことの大小を問わず、中東や中央アジアでも、このような関係地名を捜していけば、三千年まえの民族移動をおこすほどの「人類史に関係した衝突地」が絞り込めるかも知れません。それを学識のある先様方にお願いしたいと思います。

遠野市には河童伝説があります。カッパの頭はミルキークラウンの形をしています。これは巨大隕石が水地や陸地に衝突した時にできる「跳ね上げ形」を模しているとしました。今、ここで論じられているトンガリ帽子や王冠も、空どぶ巨大隕石形や、落下の瞬間の形と思っています。それよりなにより、驚くべきは「それを見た人」が生き延びていたということです。その辺りには鉄鉱山が少なくて金や銅鉱もあるのですか。これにも興味がわきますね。

http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-category-17.html



[252] 中東の隕石落下ルート

投稿者: 管理人 投稿日:2019年 4月12日(金)14時07分12秒   通報   返信・引用

平さん、ご無沙汰してます。昨晩、古代史掲示板の方に、中東の隕石落下予想ルートを書き込みましたので、よろしくご参照ください!

https://8220.teacup.com/toraijin/bbs/6365



[251] <巨大隕石が人類史に与えた影響>

投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2019年 4月11日(木)03時21分37秒   通報   返信・引用   編集済

    紀元前3,000前の天体の“衝突地”を捜そう!

> 気候大変動、大災害多発で滅びたか、気候大変動の中での権力闘争でO-M117のうちO-M133部族だけ残ったか。(・・日本人のルーツさま)
>大災害と種族の生存の関連情報、とても興味深いです!(管理人さま)


「隕石の冬」をおこすほどの巨大隕石が (7・8千年前迄の^^?)近人類史に与えた影響は、今の学識では、ほとんど語られていないような気がします。筆者の言うのは、それがΦ10・20kmサイズですから「Φ1kmサイズで人類は生き残っていない」とする現学の風潮からは大きく外れます。
 筆者の考えは、その被災は限定的であり、「直近を外れたところでは生存者あり!」とすることにあります。地球規模でみれば周囲40,000kmの池に、わずかΦ10・20kmサイズのツブテが落ちようがサザ波にも見えない^^!。対比で40,000 : 20 ですから、100mのグランドに Φ5cm のツブテですから端々にいる蟻ん子さんが全滅するとは、とても思えない(笑い)。それより、なにより怖いのは、その後にくる隕石の冬だ!!

 その舞い上がった粉塵は、その衝突天体の大きさや、落下地が海か陸か、緯度にもよりますが、『その粉塵は1・2年のうちに半球を覆い10℃ちかく、或いはそれ以上の平均気温の降下』 があったと申し上げました。この “急激な”気温変動 がなければ人々は移動しない。直接の被災はもとより、食料を求めての南下や、生態系に影響の少ないと思われる海浜漁へと向かうのは言をまちません。この大量の民族移動やその南下は、テリトリー紛争を生む原因となったのは歴史の知るところです。しかしながら、狩猟を糧とする人たちは、気温降下に即応する植物と違い、食料を生きたままで保存できる強みもあり、その対抗力は強かったでしょうね。

 その驚愕と被災が神となって人々の心に入り込んだ時「神」が誕生し宗教も生まれた!
その被災は比較的広範囲であり、人々は共通した被災認識を持っていますから、予言予知能力の秀でたものが「私は、その神の代行者」とか、「神の付託を語るもの」が出たとき、人々は容易にその人のいうことを受け入れます。それが皇帝になったり、スーパー爺さんで^^あったり、卑弥呼だったのではないでしょうか。 スーパー爺さんは、隕石の頭=男根とした性儀式の延長かな^^?  その性儀式を日本では「石棒」、中米ではチェチェンイッツァの「赤い家や尼僧院」か (my報告書)としました。

  巨大隕石は、神となり強い「精神的核」となって大集団へと移行した。
狩猟採集栽培を営み 婚姻 を主とした石器時代では “集結力が弱く” 小集団にはなり得ても、その小集団を統合した「国」という大集団にはなり得ない。その場合、「神の代行人」と、「神の神託」を聞くの二通りがあると申し上げました。前者は欧州や中国大陸文化を形成し、後者はその都度、神の神託を聞く、列島文化へと進んでいったと推んでいます。前者は序列した席次をつくり、後者は魏志倭人伝でもあったように「人々席次をつくらず座する」特徴があります。このことは、強く組織立つ国へと移行するか、雨乞い等でその都度集合して郷・こおりとなるかの違いがあります。
「国」の言葉は、中国が「邪馬台国」と呼んだ卑弥呼より以後であり、それまでの列島には「国」の考えはなく、「雨乞い」等で集結したゆるい小集団「郷・こおり」であったと思います。その祀り事と祭り事と政事(まつりごと)等の関連は先様におまかせします~~!

  「租税」と「寄進・供出」
もう一つの違いは、社会を形成するための労力を、前者は「租税」として集め、後者は「寄進・供出」を旨とする社会です。組織立ち、テリトリー戦争で敗者を隷属させる前者のほうが遥かに強大な国家へと発展したとは知るところです。一方、列島のほうは後者であり、政教分離がなされた神話「国譲り」以後の、現在でも神様とお寺さんへの収財方法は残っていますよね(^-^)。

この掲示板で素人のわたしが強く言いたいことがあります。
「地球は隕石の集合・集積体であり、その大小をとわず、つねに、その歴史は刻まれてきた」しかしながら、生物は、人類は、その都度しぶとく生き残っている現実がある。紀元前3,000前の天体 “衝突地” を捜しませんか^^!

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[250] Re: スーパー・グランドじいさん(部族)

投稿者: 管理人 投稿日:2019年 3月31日(日)23時47分33秒   通報   返信・引用 > No.249[元記事へ]

縄文人には皆無の地中海ゲノムが1割入っている日本人のルーツさんへのお返事です。


> 1. 東アジア西方集団・羌族系O-M133は、紀元前3000年頃の1人だけを祖とする。
> O-M133の親にO-M117があるが、現在、O-M133以外のO-M117はほとんど残っていない。
>
> 気候大変動、大災害多発で滅びたか、気候大変動の中での権力闘争でO-M117のうちO-M133部族だけ残ったか。

大災害と種族の生存の関連情報、とても興味深いです!




[249] スーパー・グランドじいさん(部族)

投稿者: 縄文人には皆無の地中海ゲノムが1割入っている日本人のルーツ 投稿日:2019年 3月31日(日)03時11分45秒   通報   返信・引用   編集済

そうですね。紀元前3000年とヒプシサーマル期終焉は重要ですね。

1. 東アジア西方集団・羌族系O-M133は、紀元前3000年頃の1人だけを祖とする。
O-M133の親にO-M117があるが、現在、O-M133以外のO-M117はほとんど残っていない。

気候大変動、大災害多発で滅びたか、気候大変動の中での権力闘争でO-M117のうちO-M133部族だけ残ったか。

同じことが、O-M117と兄弟ハプログループのテュルク(アルタイ)系O-F444にも起きた。東アジア東方集団・シナ語系O-JST002611も同様。

2. 実際、この時期、喇家遺跡(青海)、陶寺遺跡(山西)など多くの文化圏が滅んでいる。斉家文化も滅んだ。
中国北部に限らず、東方の山東龍山文化や南方の良渚文化(長江文明)も滅んだ。
残ったのが夏王朝と言うことになる。

3. 夏王朝の創始者は禹。
「禹は西羌人なり」(『史記』)。
また、禹に関わる伝承を現代羌族が多く保存している。
O-M117のうちただひとつ残ったO-M133スーパー・グランドじいさん(部族)は、禹、その人かもしれない。

青海の喇家遺跡を禹の故郷とする説もある。

また、今のところ最初期の羌族遺跡・磨溝遺跡(~紀元前2000年)の古人骨は、すべてがO-P201であり、このうちサブグループが特定されたものがO-M117である(古人骨はサブグループまで出すのが難しい)。

4. 夏王朝が紀元前2000年頃、O-M133の起源時期が紀元前3000年頃。
集団遺伝学的に見れば推定値がこれくらいアバウトになるのは致し方ないこと。

夏禹スーパーグランドじいさんw
んまー、舜の出とする姓氏にもO-M133が多いので、互いに同系の「冀州の人」舜と「西羌人」禹のおじいさんくらいかな。笑



[248] Re: 頭・頭骨を飾る底流に潜んでいるもの!

投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2019年 3月30日(土)21時48分42秒   通報   返信・引用   編集済

縄文人には皆無の地中海ゲノムが1割入っている日本人のルーツさんへのお返事です。

前記事:アスペクス模様ではなくて、<アラベスク模様>でした。訂正してお詫びいたします。アラベスク模様をウィキで今回、調べてみると思っていた枝ツル紋ではありませんでした。これも削除してお詫びいたします。記憶の片隅にアラベスクと唐草紋の共通性をいう説があつたように思っていましたから。

>
> 西の大地湾文化と東の仰韶文化、どちらが先かは、まだ分かりません。
> 個人的には大地湾文化であって欲しいですけど。

上記、ふたつの文化は、はじめて聞く文化であり、不勉強ですみません^^!。「BC.3,000年前の気温降下」は、管理人さまも指摘されていました。当方の報告している「隕石の冬」は、6,500万年前とBC.2,001年前のものだけですが、人類が移動を余儀なくされる程の気温降下は「隕石の冬」が関係していると推んでいますから、きっと他にもあるのでしょう。

「隕石の冬」による気温降下の特徴は、“鋸歯状” を呈することにあります。
衝突小天体の大きさや落下地が海か陸か、南北半球や緯度等によっての違いはありますが、基本的には、1~2年のうちに急激な、10℃に近い気温降下がなければ人々は移動しないとみています。ゆっくりと変わっていったのでは、それに対応しますからね。この「1~2年のうちに10℃に近い降下で “生態系が変わる” 食物不足が発生した」の考えは、今の学説にはないようです?。ゲルマン民族の大移動や、アジア大陸北方民族の南下は「隕石の冬」が原因ではないでしょうか。

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[247] "外へ輸血していく民族"

投稿者: 縄文人には皆無の地中海ゲノムが1割入っている日本人のルーツ 投稿日:2019年 3月30日(土)04時47分32秒   通報   返信・引用   編集済

「(羌族は)他の民族の『ルーツとしての民族』や『外へ輸血していく民族』と呼ばれてきた」(張 慧『震災後における少数民族文化の保護 :汶川地震後のチャン族の文化保護を中心に』)。

"外へ輸血していく民族"というのは、周とか秦とか中国の初期王朝が羌族から嫁を貰ってきたということだろうが、羌族に特有のmtDNAって分かりにくいです。
羌族・テュルク系=O-M134は、どちらかと言えば精液を供給してきた感じがしますね(汗)。

遊牧民は、「血は母から、骨は父から」ってイメージを持っています。
でいくと、mt-Dこそ「外へ輸血していく民族」という感じがします。他民族に母=血液を供給した。
mt-Dはなにせヨーロッパ、新大陸まで行きますから。
元々の配偶としてはC2で、C2北上後はN1、そしてO2(旧O3)に受け継がれたのでしょう。

解説:
少し、ハプログループについて解説すると、O-M134とかO2、N1、C2とかいうのは、Y染色体DNAハプログループ(yDNA)で、父から男児へ継承されます。

一方、mt-DとかはミトコンドリアDNAハプログループ(mt-DNA)で、母から男女へ受け継がれます。稀に父親のmtDNAが子に入ってしまうこともあるそうですが、ほとんど父親のmtDNAは受精のときに切られてしまいます。



[246] Re: 頭・頭骨を飾る底流に潜んでいるもの!

投稿者: 縄文人には皆無の地中海ゲノムが1割入っている日本人のルーツ 投稿日:2019年 3月30日(土)04時31分37秒   通報   返信・引用 > No.245[元記事へ]

  史実探偵: 平 素人さんへのお返事です。

>  こんばんわ^^!
> BC.2001/12/24・25に イースター島から侵入した巨大隕石は、欧州では空を駆けるサンタクロースになり、東アジアでは竜となりました。
(中略)なにも全ての流れが西方からとは思いたくないよ(ねえ、山田さん^^)。碧ミドリなす唐草模様やアスペスク模様は、列島発の巨大津波がシルクロードを通じて渡ったと思いたいのが素人探偵です(笑い)。
>


うーん、良く分からない。笑

でも、前3000年のヒプシサーマル期の終焉、気候大変動が引き金となって、
東アジア初の民族大移動を引き起こしたのは確かでせう。これも西から東への動きですね。

「何でもかんでも西」って言う人には賛同しませんが、全体的には文化の伝播も政治変動も西→東への波及でせう。

西の大地湾文化と東の仰韶文化、どちらが先かは、まだ分かりません。
個人的には大地湾文化であって欲しいですけど。



[245] 頭・頭骨を飾る底流に潜んでいるもの!

投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2019年 3月30日(土)04時19分22秒   通報   返信・引用   編集済

 こんばんわ^^!
BC.2001/12/24・25に イースター島から侵入した巨大隕石は、欧州では空を駆けるサンタクロースになり、東アジアでは竜となりました。大陸人は列島を探検し列島の人々からその巨大隕石をモンタージュして龍画「竜頭蛇尾^^!」を描きました。この時発生した巨大津波は、列島の津々浦々に「津」の地名を遺しています。そして、大陸の良渚文明を一瞬にして呑み込んだり(奥州・岩淵先生)。「天津・竜因」に迄とどいたと祖先は地名で残しています。津波は魚貝類を一ヶ所にまとめて大量に打ち上げます。瀬戸内の貝塚に人骨が埋められていました。学会に「貝塚=残滓」の考えは今でもあるのでしょうか?

「残滓へ誰が埋めるか愛の骨!」
この時、祖先がうけたその被災と驚愕は、ツングースカの比ではありません。列島の祖先は、貝を天竜からの贈り物として貝殻山山頂にも運んでいます。「骨で包んでいる頭骨と、肉を内に収める貝とを “巨大隕石の頭”と同一視する考え」が、この大事変で生まれたと推んでいます。

「神秘の国、東洋」
なぜ? 東洋だけに「神秘」の冠詞がつくのでしょうか^^?  こども心は、それが不思議でなりません。BC.2001の年末に、列島の東北地方に降臨した巨大隕石は、「大事変の根源は東方にあり!」とした大陸人や、欧州人を東方に駆り立てている。なにも全ての流れが西方からとは思いたくないよ(ねえ、山田さん^^)。碧ミドリなす唐草模様やアスペスク模様(←改め・アラベスク)は、列島発の巨大津波がシルクロードを通じて渡ったと思いたいのが素人探偵です(笑い)。

http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-category-17.html



[244] Re: (無題)

投稿者: 縄文人には皆無の地中海ゲノムが1割入っている日本人のルーツ 投稿日:2019年 3月30日(土)02時54分42秒   通報   返信・引用 > No.241[元記事へ]

縄文人には皆無の地中海ゲノムが1割入っている日本人のルーツさんへのお返事です。

> まあ、しかし、縄文とは関係ないでしょうw

んまー、でも共時的には縄文時代ですね。
春秋戦国時代でさえ、日本では縄文だった。



[243] (無題)

投稿者: 縄文人には皆無の地中海ゲノムが1割入っている日本人のルーツ 投稿日:2019年 3月30日(土)01時00分9秒   通報   返信・引用

古墳人男はコレ。
ブータン人っしょ?
男はブータン人、女は羌族?



[242] 羌族

投稿者: 縄文人には皆無の地中海ゲノムが1割入っている日本人のルーツ 投稿日:2019年 3月30日(土)00時22分45秒   通報   返信・引用

まあ、このスレッドは何でもアリ?ということなので、羌族。
『キングダム』より。

羌瘣と楊端和将軍。笑
まあ、羌を名乗っている羌瘣はともかく、楊端和は男だし、秦人でしょうね。でも、氐羌で楊を名乗ってるのも多いですね。隋の楊堅も甘粛の関隴貴族集団の出だし、チベット・ビルマ系O-M117とも言われてるんで、羌族かもね。広義の。

真ん中のは青海チベット人のモデルか女優かなんか。

青海チベット人には西ユーラシア系のゲノムも多いですね。チベット高原はインド・ゲノムが多く、青海は欧米系と共有するものが多いそうです。6%とかいうレベルですが。



[241] (無題)

投稿者: 縄文人には皆無の地中海ゲノムが1割入っている日本人のルーツ 投稿日:2019年 3月30日(土)00時05分36秒   通報   返信・引用

まあ、しかし、縄文とは関係ないでしょうw



[240] (無題)

投稿者: 縄文人には皆無の地中海ゲノムが1割入っている日本人のルーツ 投稿日:2019年 3月30日(土)00時04分33秒   通報   返信・引用

これは、彝族ですが、頭に変なもの載せてますね。
頭を重要視して保護しているのでしょうか。



[239] (無題)

投稿者: 縄文人には皆無の地中海ゲノムが1割入っている日本人のルーツ 投稿日:2019年 3月30日(土)00時00分0秒   通報   返信・引用

こりゃ、似てる!
このテーマ、掘り下げて欲しいです。



[238] 大阪・高槻市 古墳 巫女埴輪像

投稿者: 鳩摩羅童子 投稿日:2019年 3月28日(木)20時09分58秒   通報   返信・引用

大阪・高槻市 史跡今城塚古墳(いましろ大王の杜) -3 埴輪祭祀場細見

継体天皇の大王陵として築かれた古墳

今城塚古墳公園は、その名のとおり6世紀前半につくられた古墳を整備・復元した史跡公園です。

高槻市が昭和33(1958)年に貴重な文化財として国史跡の指定を受け、50年間かけてほぼ全域を公有化しました。


2002年(平成14年)の発掘調査で、史上最大級のはにわ群が見つかり、武人や巫女(みこ)、馬などをかたどった埴輪が数多く発掘されました。

その結果、学説的には「第26代継体天皇」の陵墓であると考えられています。

つまり今城塚古墳は、大和王権を確立した継体天皇の大王陵として築かれた古墳であることが確実視されています。

そんな由来のある大王の古墳を自由に歩く事ができるのは、日本中でもここ今城塚古墳公園(大王の杜)にしかありません。



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c. 大阪にもチャン族女子のソックリさん。 つまり、福岡/大阪/群馬/千葉で発見済 (?)

http://www5d.biglobe.ne.jp/~the_imai/etymology/AA_Indo.html



[237] 福岡県 6 世紀古墳 女子埴輪像

投稿者: 鳩摩羅童子 投稿日:2019年 3月28日(木)18時42分36秒   通報   返信・引用   編集済

Google 「古墳 掲示板」で検索していたら、 Images で下記発見。
福岡県 小正西古墳 飯塚市 6世紀後半 美人巫女 円墳 二つの石室 in (C)ひもろぎ逍遥 2018年 12月 27日

 チャン族女性→

■サイト作者 コメント:
小正は「おばさ」と読みます。
飯塚市小正の丘の上、住宅に囲まれて古墳公園として残されています。

・写真コメント
何よりも、巫女の埴輪が魅力的な古墳です。
頭に「かふり」を付けていますね。これが島田髷という髪型ではないのがよく分かる埴輪です。アジアの民族衣装に残されている「布製のもの」です。

My コメント:
このサイトの作者も言っていますが、島田の髪では無く、帽子です。

このサイトの作者は、調べていない様ですが、民族衣装でこの頭のものは、世界中で、「チャン族」以外に有りません。

c. チャン族女子のソックリさん埴輪は、福岡、群馬、千葉で見つかった。ことになる。
→ この手の女子埴輪は、羌族、とみなして良い。が、完全に証明された。 (?)

http://www5d.biglobe.ne.jp/~the_imai/etymology/AA_Indo.html



[235] ・・ 荒れてますね^^?

投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2019年 3月28日(木)05時38分22秒   通報   返信・引用   編集済

キシ先生>・・日本人のルーツさま> こんばんわ^^。・・ 荒れてますね^^?
 今、論じられている 「DNA系列」や、「言語系列」 は、わたしにはレベルが高く、難しすぎてさっぱり解りませんが、所感をのべます。キシ先生のご記事は、多情報はありがたいのですが、それが、ご自身の文章か、引用なのかを見極めるのに大変時間労力がかかります。・・で、途中でアキラメます^^!。「どこぞの誰かのお役に・・」と、「私論・古墳は気象台」が成るといいですね^^♪
・・日本人のルーツさま> はじめまして^^!。
 ご記事の端々に多大な情報と洞察、高い教養がうかがえます。しかしながら、先様のご記事は専門家向けであり、ドがつく私とは、同列で論じ合えない気がいたします。先様の正論をお述べなるのはいいのですが、今の先様は、一番嫌いであったはずの「誹謗中傷」をご自身がなさっているような気がいたします。反論は、なさるべきですが、暴言はひかえるべきです。先様の品位をご自身で落としているようなものです。
  次は、私自身への「戒め」としている銘ですが、
   『蝶を愛で、蠅を殺く(たたく)己あり』(こども心- 蝶も蠅もおなじ昆虫なのに)

  十余年で14冊売れた~~!、絶版報告書「巨大隕石と大津波」の序記より、
'わたしが' 大切なように 'あなたが'大切なのだ。それぞれが “わたし” なのだ。私たちは“共存”している。たとえ、それが人類に仇なす細菌であってもだ。細菌も生きるための活動をしている。誰でも、人から尊ばれるのは嬉しい。それは他人が決めることであって、自分が決めることではない。自分がそう思った瞬間から堕落が始まっている。(あなたがわたしが)・・・が、祖先が、種族が、国が、人類が、「他(相手)より、偉い」と思った時から崩壊(崩落)が始まる。(放物線の頂を越えるように^^!)

古事記? 日本書紀でしたか~~? 「あれこれとある帝紀(物事)を選録し、旧辞(現学)を討究し、偽りを削り、実(まこと)を定めて、後の世に伝えたいと欲(おもう)。」 うる覚えでスミマセン~~。今のわたし衰えがあり、最大の難点は根気が30分とつづかず、これだけ編集するのに朝になってしまいました~~!。

http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-category-17.html



[234] スズメ蜂の巣を持ち上げた。…

投稿者: 荊の紀氏 投稿日:2019年 3月26日(火)13時06分40秒   通報   返信・引用

蜂はメロヴィング朝の王のトーテムだったのです 蜂は愛の女神のせいなるシンボル であると同時に エジプトでは王家のシンボルでもあります https://ameblo.jp/misakomakuta/entry-12074990773.html
メロヴィング家のキルデリック一世のお墓が発掘されお墓の中から300匹もの黄金の蜂が発見されたのだそうですhttps://ameblo.jp/misakomakuta/entry-12319347895.html
イルミナティのピラミッドの頂点にいた闇の女王(第15位階)
メロヴィング家は「イエスの血をひく“聖なるダビデの血流”」と言われているのです。
白色同胞団は世界王のサナト・クマーラを頂点にミトラ、マイトレーヤをキリスト(ハイアラーキーにキリストは2人います)としてまとまっている菩薩団です。

紀元前2千数百年前の古代帝国バビロニアで用いられ たといわれている1)。https://www.taisei.co.jp/giken/report/01_2006_39/paper/A039_010.pdf
賽の河原に積んである石積み(ケルン?)につい ...-
積み石はあれは「卒塔婆(塔)」です。
卒塔婆は、仏教では“釈尊の遺骨を納めた塚”。そこから転じて、“不偏なる大宇宙の真理”を象徴するものです。
積むのは幼くしてなくなった子供たちで、壊すのは地獄の鬼です。https://oshiete.goo.ne.jp/qa/2268574.html
幼くしてなくなった子供たち…
DNAが示す 最も賢いのはユダヤ人 米世論対立(コリエレ紙)
 科学者団体 「危険で人種差別的理論だ」 05年10月19日http://www.asyura2.com/0505/bd41/msg/603.html

積石塚https://kotobank.jp/word/積石塚-99475

土の代りに石を積んで墳丘を造った墳墓をいう。石を用いるのは,礫石が入手しやすく,凍結期にもつくりやすいなどの理由によるものと思われる。世界各地に分布するが,特に北ヨーロッパのバルト海周辺からロシア,シベリア,モンゴルに多い。また中国,朝鮮の石器時代から金属器時代初期の墳墓にもみられ,日本では,香川県石清尾山,長崎県対馬,長野県須坂市大室の古墳群などの積石塚がよく知られている。
…五女山城は,通化に通ずる陸路と渾河の水路を扼する交通の要衝にあり,三方が高い山や絶壁で囲われ,二つ以上の谷間をとりこみ,南方だけが緩斜面になっている地形(栲栳(こうろ)峰)に山城を作っている。この地方の高句麗墓は主として積石塚で,シベリアから伝わり,高句麗で発展した墓制である。これらの古墳から出土した土器類には中国土器の影響がみられる。…
フランス南西部のルグルドゥRegourdou洞窟では遺体の上に石積みがあり,墳丘状施設の最古の例をなしている。…
アル・アインの文化的遺跡群
アル・アインはドバイやアブダビなどの湾岸に発達した大都市と異なり、内陸のオアシスで古くから発達した都市である(「アル・アイン」は「泉」を意味する[1])。その周辺での人類の活動の痕跡は紀元前5千年紀にまで遡り、その時期はより北方で栄えたメソポタミア文明のウルク期よりも前に当たる[2]。その時期のアル・アイン周辺での活動跡としては、人間、オリックス、ガゼルなどを描いた岩絵が発見されている[3]。それから長らくメソポタミアの文化との接点は乏しかったが、ハフィート期に大きく変化する[4]。ハフィート期の名はアル・アイン近郊のハフィート山(英語版)(ハフィト山)にちなんでおり[5]、そこで発見された積石塚墳墓群の様式も「ハフィート式」と呼ばれる[6]。そこから出土した副葬品にはメソポタミア製の土器が含まれ、その様式がメソポタミアのジェムデト・ナスル期に属することから、アル・アイン周辺のハフィート期も同じ時期、すなわち紀元前3100年から前2800年頃に対応すると推定されている[6][7]。
アル・アイン)周辺にも同種の遺跡が「数百」あることを教えられ、調査に来てはどうかと招かれた[19]。

海産物を栄養源に世界各地へ
アフリカ大陸を脱出。北上して中東へ移動後、海沿いに南アジアへ、
海辺で暮らした人類最古の住居跡、南アで発見https://www.afpbb.com/articles/-/2301565
前後1万2000年程度の幅があるものの、この遺跡はおよそ16万4000年前のものとみられ、アフリカ大陸からの人類の移動を理解するのに役立つと考えられている。
こうした海産物への食の移行は、最後の氷河期が終わりごろに家畜の飼育が始まるおよそ1万1000年前まで、人類の食生活の歴史の中で起きた最も大きな転換だった。
 人類は豊かな海の恵みを生命維持のための栄養源として、紅海沿いにアフリカ大陸を脱出。北上して中東へ移動後、海沿いに南アジアへ、さらに島伝いにオーストラリアとニューギニアにわたったとされる。

農業発祥の町。氷河期が終了した直後の11000年前にはライ麦を育てたりしている。確認された範囲では人類がはじめて農業を行って人口集積した場所だ。文明発祥の地であるオリエント、その歴史の最深部に眠る太古の巨大集落だ。9000年前の最盛期には農地も広がり7000人の居住者がいた。これは中石器時代でせいぜい数十人の小さな集落ばかりだった当時の世界情勢を考えれば異常な規模だ。7000年ほど前に破棄される。
この時代と前後して今から8000年前に栄えた Çatalhöyük [トルコ]が有名だ。10000人に達したとも言われる。http://active-galactic.hatenablog.com/entry/20080719
「クルガン」はトルコ語起源のスラヴ人の単語である。
[トルコ]
ハザール人 スラヴ人
「ハザール王国」は7世紀にハザール人によって カスピ海から黒海沿岸にかけて築かれた巨大国家である。 9世紀初めにユダヤ教に改宗して、世界史上、類を見ない ユダヤ人以外のユダヤ教国家となったhttp://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fha200.html



[233] 古代史版でスカウトしてやってくらはい

投稿者: 縄文人には皆無の地中海ゲノムが1割入っている日本人のルーツ 投稿日:2019年 3月24日(日)19時55分34秒   通報   返信・引用

古代史版で、とにかくD1b狂信者がちょ~長いクズ投稿ばら撒くもんで見づらくてしょうが無いです。とうとう国家元首ってアホも現れました。どうぞ、スカウトしてやってくらはい。笑



[232] 妄想・珍論、大歓迎です。

投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2019年 3月24日(日)02時34分44秒   通報   返信・引用   編集済

 こんばんわ^^!
ここは、管理人さまが「縄文と、ちょ~古代史」について、特別にもうけて下さった掲示板です。人類の移動は、巨大隕石がもたらした「隕石の冬」による気温変動が大いに関係すると推んでいます。特にBC.2001年/12月/24・25日(日付変更線による違い)/未明6:00頃、イースター島の上空から侵入し、ペルーナスカ、ドーバー海峡を経由して、日本の東北釜石辺りに降臨した小天体は、東北海岸をリアス状にし、北上山地を越え、胆沢扇状地(数波段丘)を造るほどの巨大な泥流津波を生みました。
 彗星衝突による 縄文超々巨大津波・奥州市岩淵國人先生」&、my絶版報告書と、myブログ。

  「竜は隕石、竜は神!」
人類が、衣食住だけの生活から巨大隕石という自然の驚異を受け、それが、神となって人々の心に入り込んだ時、それは、驚異的、爆発的な力となって、それを語り継ぐ難しい語彙が、困難に打ち勝つ抵抗力が、そして、新しい文化と、集団性が生まれてくる。   my絶版報告書「巨大隕石と大津波」より^^!、

そして、
ちょ~古代^^の 6,500百万年前に、月より僅かに小さい天体が南極に衝突合体し、南極大陸となりました。この時発生した大事変は、人知を遥かに超えています。その時発生した巨大津波で動物たちは石油となり、植物たちは石炭となり、貝類たちは石灰となり、今の人類に供給しています。希土類もそうかな^^。その片よりが人類の紛争を生んできたと知るところです。

 百年前も二百年前も、今の世も、事実は人知という科学の先に用意されている。
この二つの巨大隕石は、今の学識にはありませんが、中学生程度の学識で充分です。『気付けばいい』 だけですから、現にこの私くしがそうですから^^。このような極大論は、その没後に認められるが世の常。この二つの妄想・珍論が^^! 史実として認められた時、先様方は 「どんな顔をなさり、何と云わはる」のかを見れないのが残念です。(笑い)
この二つの大事変が、世に伝わらないのは、その史実がなかったからではなく、この素人の論説が拙いからだ。学識のある先様方が、この広報に加われば、それほど強いことは無い!

http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-category-17.html



[231] 結局、南方縄文人ってアンダマン/古東南アジア狩猟採集民だったわけですが、 半年前の新情報源を教えます。

投稿者: 縄文人には皆無の地中海ゲノムが1割入っている日本人のルーツ 投稿日:2019年 3月23日(土)04時09分6秒   通報   返信・引用

はじめまして。

すでに縄文人のテーマではなくなっているようですが笑、
縄文人のルーツにつき、2017年7月頃の新知見を紹介しておきます。
なお、私が、このスレッドに関与することはないでしょう。笑
キシさんには、こちらの方に移住してもらえると嬉しいでーす。笑

D1b南方縄文人の由来について、多くの方がまだ斎藤成也の「振り出しに戻っちゃった(*ノω・*)テヘ」のまま情報がアップデートされてないようです。

結局、南方縄文人ってアンダマン/古東南アジア狩猟採集民だったわけですが、
半年前の新情報源を教えます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
金沢大プレス・リリース(2018年7月25日)と『サイエンス』掲載論文。
「最先端技術を用いた古人骨全ゲノム解析から東南アジア と日本列島における人類集団の起源の詳細を解明」でググれば、金沢大プレス・リリースに、The prehistoric peopling
of Southeast Asiaで検索すれば『サイエンス』掲載論文にあたります。

さて、ええと、金沢大らのサイエンス誌論文の復元マップで、
Ancient East AsianからJapaneseが出ている。
赤点線のオンゲ人(アンダマン)等のグループからJomonが出る。

つまり、学者の了解でも「縄文人は日本人ではない」。
日本人のルーツは、オンゲ=縄文人ら「古東南アジア人」ではないわけ。
これは、まー、日本人の形質・DNA、言語を見ても、ごく当たり前ですね。

一方、"東アジアと米大陸先住民の中間"を示す田園洞人は、大陸北方のウスチ・イシム人(西シベリア)、マリタ人(バイカル)、ワセ人(ルーマニア)、GoyetQ116-1(ベルギー)と近縁であり、
古北ユーラシア人(ANE)を形成するもの。

日本人男性の4割を占めるyDNAハプログループD1b1の原郷と移動ルートが復元された。
D1bが東南アジアで起源したというのは、YAP+系統の分岐年代から考えて、先ず動かないだろう。D1b1はアンダマン人D1b2と兄弟ハプログループであり、今回、ゲノムでも東南アジアとの親和性が明らかになった。

このマップでは縄文人のルートが華南横断してるよね。
これが、今後のささやかな希望ってわけです。古人骨出れば確認できるから。水没したシナ海ランドじゃ、引き揚げられるのは困難だからね。

南方縄文人の系統についてはかなり分かったわけだが、北海道や朝鮮半島から進入した旧石器人や北方縄文人についてはよく分からないままだ。私は、彼らは縄文人多数派とはハプロもルートも系統が別と見てる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『サイエンス』掲載論文のマップの方が見やすいので、添付します。
1. 「古東南アジア人D1b(日本人に3ー4割)」アンダマン・オンゲ人(赤線)が、
ハプロO1やO2(旧O3)の影響を少し受けながら日本へ向かって縄文人になったということを意味しています。

同時に、オーストロネシア(AN)・オーストロアジア(AA)系となるO1の連中は、
アンダマン系の影響を受けたことが金沢大プレス・リリースおよび論文で述べられています。
彼らがD.ライクが『交雑する人類』で言う「東南アジア集団」か「揚子江ゴースト集団(Yangtze River Ghost Population)」の祖型でしょう

2. すると、図中の「古東アジア人(Ancient EA)」はアンダマン系の影響を受けたO1集団だと言えそうです。やはり、日本人に縄文ゲノムが10%残っているのはO1b2(日本人に3ー4割)のせいでもあるでしょう。
図は、縄文人が"傍層として日本人の中に入った"ということも良く表現しています。

3. 一方、北東アジアへ向かう黒い太線(田園洞人になる集団)はO2(旧O3)で、アンダマン・オンゲ人(赤線)の影響を受けてないですね。田園洞人は東アジア人と米先住民の共通祖先なのでQも関わってくるでしょうか。

3万8千年前の田園洞人はアメリカ先住民と東アジア人の共通祖先です。
おそらく、ライクが言う、チベット人と北方漢族の共通祖先「黄河ゴースト集団(Yellow River Ghost Population)」の祖型と考えられます。

4. 我々はHome DNAの日本人3名の結果を知っています。
3名とも北方系ハプロを持ち、西暦200ー582年以降の日本進入です。
この3名とも「西・南シベリアゲノム」と「中米ゲノム」を1割ずつ持ち合わせていること(Home DNA)、縄文型のハプロを持つ被験者2名には皆無の「地中海ゲノム」(Living DNA)が入っていることもも何となく納得が行きますね。
一方、「日本特有ゲノム(縄文人ゲノム)」は、進入時期順に、5.2%、2.8%、1.4%なのです。

古人骨・田園洞人や黄河ゴースト集団、アムール集団と関係する"New Japanese(N1, O2, C2)"は「甘青・遼河・アムール系日本人」とでも呼びましょうか。ま、「北東アジア系日本人」、弥生後期・古墳時代人のことです。



[230] Re: 掲示板の進化に感謝!

投稿者: 管理人 投稿日:2019年 2月28日(木)12時07分4秒   通報   返信・引用 > No.229[元記事へ]

平さん、ご無沙汰してます!

今年は、なかなか隕石関連、手がつけれない感じですが、また津波痕跡の件など、発展楽しみにしてます!



[229] 掲示板の進化に感謝!

投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2019年 2月28日(木)03時16分48秒   通報   返信・引用   編集済

管理人さま> ご無沙汰してます^^!。

 掲示板のリニューアルありがとう御座います。
たいへん見やすくなりました。字が大きい。30件表示で過去の記事とのつながりが一見できる。そして、記事番号の表示が復活しました。絵が始めになったのもいい。いままでの機能の維持にも感謝です。「通報」が最初で赤くなっているのは、その対策かな? 私のようなぶっ飛び論には、いたずらが付きもの。その排除労力時間もばかにはなりません。掲示板の維持管理にかかるその時間を思うと深くあたまがさがります。youtube等もつなぎやすくなっているのですね。

わたしの方はというと、貴家の進化に比べて、なにもかにもが退化してるみたいです(笑い)。 記事の方は、北米東部の津波痕を推んではいるのですが植生や人工物に遮られ足踏み状態です^^!

「古代史掲示板」のほう、ほぼ毎日訪問してます^^。「遺伝子系列」「言語系列」 わたしには難しすぎて五・六度読み返しても・・・^^!   こんごともよろしくお願いいたします。 末尾になりましたが、雪の中の北海道地震・・気がかりです。   

http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-category-17.html



[228] 6500万年前「巨大津波の滑り台痕」

投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2019年 2月 4日(月)20時38分15秒   通報   返信・引用   編集済 > No.158[元記事へ]

<Basin of tsunami>
 「巨大津波の滑り台痕」
津波が“平斜面の正面から”登りその頂上まで達することなく下り降りた時、その裾野に沿って凹地と凸部が出来ることがあります。そのような状態を「津波の滑り台痕」と名付けたことが、以前のアルゼリアの記事でありました。この地形は遊具の滑り台の着地点をみれば一目瞭然です。北米のアパラチアン山脈の東南の裾野は、ほぼそのような平斜面になっています。

 アパラチアン山脈の東南の裾野は、赤色粘土で覆われているところがあります。その赤色粘土が6500万年前の津波が運んだものとは断定できませんが。アパラチアン山脈の岩質とは異質のものではと思っています。中学生地図でみると、かなり急な勾配があるかに見えますが、実際には、なだらかな斜面を持っていて、その川筋は南東方向に一方的に流れるのではなく、網目のような複雑な流れ方をしています。これは津波が引いたあと表土を覆っていた粘土質が乾いて、干天の稲田のようにひび割れ、それに沿って川が発達したためかと思っています。

<北米ノースカロライナの沿岸にある「津波の滑り台痕」>
北太西洋に面した北米のノースカロライナとサウスカロライナには、太西洋と直接接していない沿岸があります。防波堤のような長洲が横たわり、その内側は浅海になっています。これを筆者は上記の津波で出来た「津波の滑り台痕」と断じています。
この地形は、<前ステージ>のアフリカのギニア湾岸コートジボアールにもありました。

Google earth の検索で、その2例をかかげます。
Basin of tsunami in North Carolina & Basin of tsunami in Ivory Coast

http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-category-17.html



[227] Re: ・・共立して^^

投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2019年 1月25日(金)05時29分29秒   通報   返信・引用   編集済 > No.226[元記事へ]

山田さま>

御関心 & 参考動画ありがとう御座います。共立してやっていきましょう^^。

Google Earth を推むことにとても興味があります。

http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-category-17.html



[226] ・・

投稿者: 山田 投稿日:2019年 1月24日(木)18時50分44秒   通報   返信・引用

・・
https://www.youtube.com/watch?v=jGgztlw5TH4
南極と北極

https://www.youtube.com/watch?v=j-P6ya-pLdU
隕石衝突

https://www.youtube.com/watch?v=bA2afzgT1iM
400㎞の隕石衝突

・・
シミュレーション動画も魅きつける。



[225] Huge return tsunami from the North Pole

投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2019年 1月23日(水)00時24分32秒   通報   返信・引用   編集済

北極からの巨大なリターン津波

I found traces of a huge return tsunami from the North Pole in North America.
 私は北米で北極からの巨大なリターン津波の痕跡を見つけました。

Tip of the tsunami has the shape of a cow's tongue.
 その津波の先端は牛の舌状になっています。

And, there is a residual flow. It shows a blue line.
 そして、残流があります。それをブルーラインで示しています。

        23 January 2019
       Historical fact Detectiver
       Hira Moto (pen name)

6500万年前南極発から、北極へ集合した巨大津波は、今度は南へ向けて走り出す。その濁流の一端は北アメリカ大陸東部を南下し、メキシコ湾へ恐竜をも巻き込み流れ込んでいる。その沿岸底で恐竜や海生物たちは今に石油となって眠っている。(合掌)
津波後の残流(+)で大陸西部の山岳部から流れ出したブルーラインにも注視したい。・・・つづく^^

http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-category-17.html



[224] 南極大陸は6500万年前の衝突惑星だ!-6

投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2019年 1月11日(金)02時14分59秒   通報   返信・引用   編集済 > No.152[元記事へ]

   1988/01/11 ~'19/01/11まで第一報を発信してから31年たちました。
    myブログのカテゴリーBig-Game の一部を移設して再開します^^!。
    拙い英文の併記は世界へ発信するためです。どうぞ、悪しからず~~!

 前記事<アフリカ大陸>からの、つづきです。
6500万年前、月よりわずかに小さい大惑星が南極に衝突し南極大陸として残った。その時、発生した巨大津波は地球の90%以上をカバーした。赤道周囲4万kmで最大川幅となり、一時的に弱まった巨大津波ではあったが、赤道を越えると流れ幅は狭くなるので最大波高となる北極点へ向けて増位しながら進む! 日本列島の中ほどでの波高は(大陸棚没分を除いて)300m付近かと思っています。


<北アメリカ大陸の90%以上を覆った巨大津波> part Ⅳ.
  The huge tsunami covered up 90% higher than of the African continent.
  65 million years ago !         The dinosaur size extinction !
       副題 Subtitle: 地球の氷河期痕跡説を覆す!
    I overturn a trace theory for a glacial epoch of the earth,


Ⅳ.<フォース ステージ> ('12 Feb.01 に記したものです。)
    You Good !   Welcome to the fourth stage. ^^♪
<アメリカ大陸を南から北へ突き抜けた巨大津波>

 アメリカ大陸を南から北へ巨大津波が突き抜けた。
A huge tsunami went through the American Continent from the south to the north.


(質問・Question 4) その痕跡を探して列挙せよ!
 Enumerate the traces !

   南アメリカ大陸を乗り越え<北アメリカ大陸>へ達した巨大津波は???
   Ⅰ~Ⅲステージとの共通点が幾つかあります。先に探しておいて下さいね^^。
    あなた様>と、答えが幾つ重なるかが楽しみです・・・^^♪


(答え・Answer)

ⅰ 巨大津波が二つの山間を抜ける時、殺到した泥流が縮流(←前述あり)となってその入り口付近の表土を削り取って凹地にすることがあった。 ロッキー山脈とアパラチア山脈に挟まれたミシシッピー川流域にその湿原地帯がある。同様な成因でアルゼンチンのラプラタ川流域の湿地帯。オーストラリアに大鑚井盆地がありました。
  ミシシッピー川流域に巨大津波が削った湿原地帯がある。
   The damp plain zone that a tsunami reduced is in the Mississippi basin.

ⅱ 津波の“川岸”と なったグレートプレーンズで、
  魚類や恐竜達は、グレートプレーンズに打ち上げられて石油化している。
   The fish and dinosaurs are launched in the Great Plains and become oil.

ロッキー山脈の東側のグレートプレーンズ(標高500m~およそ1000m)に、この時の津波によって恐竜達や魚類等が打ち上げられて石油化している。その時をイマジネーションしてみると、津波の第一波はメキシコ湾の魚類達を持って陸上にかけ上がる。そして、そこに棲息している恐竜達や植生をも巻き込む。この強い中央の流れは、その浮遊物を流れの側方へ側方へと持っていく。その浮遊物を運んだ第一波がロッキーの斜面へ駆け上り、駆け下る。それより遅れた数波は表土をウガチながら泥流となってそれ等を覆い隠した。時が経ち地熱で熟成されて恐竜達は石油となった。そして共に運ばれた貝類は石灰岩になっているはずだ。さらに泥粘土に埋まった巨木は珪化木へと変わる。植物の存在量は動物に比べて圧倒的に多いはずなのに、油田に比べて炭田が少ないのが気になる。この広大なミシシッピー流域の植物達はいったいどこへ行ったのであろうか。


【 Top - secret 】
グレートプレーンズの油田は、その多くが汲み上げられ、その数はガス田を除いても20を(中学生地図)超しているようだが、まだ拾い残しはあると思われる。そして、アパラチア山脈側も探せば油田はまだある。それを予測するのは大して難しいことではない^^。キーワードは「谷奥で盆地状」になった所^^♪。 あなた様も、どうぞ探してみれば一攫千金^^?・・・笑い♪

ⅲ 北米のニューハンプシャー州に、モナドノック(残丘)の付名の由来となった所がある。
  北米にも、巨大津波が削った巨大岩塊の露表がある。
   The bare face of the huge rock lump which a huge tsunami sharpened in a circle is in the North America.

イマイチ、この残丘が素人のいう6500万年前の津波が成したものかどうかの確定が出来ていませんので保留しておきます。その他にもこの時の津波が作ったと思われる“巨大岩塊が露表した場所”があるようですが、この方の捜索は、北米の観光地をよく知る貴方さま>のほうが適任かと思いますので、これも保留にしておきます^^!。

ⅳ 北米大陸の東海岸沿いに、途切れ々れ、ではあるが津波の戻り水が運んだ“防波堤状の長州”がある。
  米国の東海岸沿いに津波の戻り水が運んだ防波堤状の長州がある。
   There is breakwater-shaped State whom the backwater of the tsunami carried along the American East Coast.

北米大陸の東海岸線は、多くの方が、その海岸に立てば見渡す限りの大西洋の大海原が見えるとお思いであろうが、その○○%は、防波堤のような長い州でさえぎられ直接大西洋を見ることは出来ない。通常の海流ではこのような長州は出来ない。その海流が成したのであれば世界中のどこにでもあるはずだ。ではどのようにして、この長い防波堤状の州は、出来たのであろうか。

南大西洋を北上した巨大津波の主流は、南米大陸と北アフリカ大陸とに挟まれ北西に進路をとる。その結果アパラチア山脈にほぼ直角に乗り上げる。続いて2波、3波と上陸しては、濁流となってもと来た方向へ戻す。さらに、遅れて来た数波との押し合いになり、そこに防波堤状の堆積土砂を残した。もし、これが海流で出来たとすれば、この高さ(かなり高い○m^^?)を超える海水の量を考えなければならず、そのほうにヨッポド無理がある。地球創生期(衝突の集積)で出来た水(H2O)の“総量は”、雷様(電気分解)でも大きくは変えられない^^??
 (※この水の生成と総量の件は、古代史掲示板で管理人様に色々ご教示を頂いていますので、どうぞそちらへ→)

アパラチア山脈の裾野を覆っている表土は赤色系の粘土質であり、アパラチア山脈の岩石が風化したものではない。それが何故、粘土質に覆われているのかを考えて欲しい。この巨大津波は、その上流域に何があるかで、その運ばれるものは変わってくる。上流域に岩石を含む陸地があれば土石流となるが、大洋であれば、運ばれるのは海水だけであり、せいぜい、その中に棲息する魚介類や海草類だけなのである。

推理小説風に?<※海州>という言葉を前ステージに忍ばせておきましたが^^?
(ギニア湾に面するコートジボワール(国名^^)のアビジャン・Abidjan やブラジル沿岸にも似たような海州がありました。)

このことは、前ステージの<津波が造った滑り台痕>を覚えておられる方ならば、理解してもらえると思うのですが? 今している話は、なにも遠い異国だけの話ではない。(前述→)日本でも似たような成因の地形が造られていますよ。新大阪から京都までの新幹線の北車窓から見える風景で、←地図で確かめたら間違い(北方ではなくて西方)でした。(汗~) その時の濁流が後方の山に突き当たっては流れ戻し、その山裾に細長い丘状の堆積土を残しています。こんど機会があったら確かめて下さいネッ^^。

(My報告書より)
今、貴方が目にしている山肌の露出岩は、旅先で見かけるその風景は、この時の巨大津波が成したものかも知れない。この超巨大な大津波は、地球上の90%以上に、その痕跡を残している。
  This super huge massive tsunami leaves the trace than 90% on the earth.

ⅴ 南アメリカ大陸の表土を削った巨大津波の濁流はカリブ海や、メキシコ湾で裏ごしされて、微細土の津波となって米大陸へ上陸したが津波の戻り水は<逆流>となって、その土石流をメキシコ湾へ運んでいる。今から二十数年前であっただろうか。米国は、ホモール計画の名のもとにメキシコ湾の深海底を掘ったことがあるが、その○○○メートルの全てが堆積土であった。
  メキシコ湾の深海底へ運ばれた土石流
   The mud flood which was carried to the deep sea-bed of the Gulf of Mexico

  ↓ 次ページへ
メキシコ湾の写真を入れます^^!。
※ 尚、この写真は、(C)Yahoo! Japan (C)OPen Bookの(C)マークがあり、著作権者及び権利者の承諾を得たものではありません!! 他への転載は固く禁じられますし、予告なしに削除する場合があります。↓映像が鮮明でないので、前述の方法で、どうぞのご確認を!!

 白い楕円部→津波の逆流で生じた海底堆積物 赤い矢印→津波の北上で生じた海底堆積物

<話は少し反れて> (2/17)
 深海底で石油産出の謎!?
石油の成因説に無機質起源説と有機質起源説がある。今では、海生プランクトンの沈殿説が優位であるが、無機質論者の反論として、石油の中に生物起源とするには、生物の内に含まれない重金属類が含まれることや、○○○メートルを超える深海底からも石油が産出することは、生物起源では考えにくいことがあげられている。
今、この写真を見てやっとその謎が解けた!
重金属類は巨大隕石の衝突で生じた核破壊による核分散(別紙-電子出版で)だと推測できるが、北海を始め、メキシコ湾岸の深海底で産出する石油の謎が分からなかった。この写真の形状を見てやっとそれが分かった。地球は丸い! 約1日をかけて北極圏へ集まった膨大な海水は、今度は南へ向けて逆流を始める。(別紙報告書、○○頁、地球を覆った巨大津波の図)その津波の戻り水がメキシコ湾の深海部へ土石と共に被災した生物を流し込し込んで、埋め込んだものであると。 ※ 北海油田の成因も同様な作用で北極からの“逆流泥海水”が運んできたものであった!

【 Top - secret 】
今ウエブで調べると、ブラジルは、○○メートルを超す深海底での石油の汲み上げ量、世界第二位とか。<別紙報告書>ではアマゾンの未開発の石油はあえて伏せておきましたが、石油流出のリスクを抱えて深海底を掘るよりかはアマゾンのほうが楽だと思いますが。『 アマゾンには膨大な量の石油が眠っている!』 日本でも渥美半島沖でメタンハイドレードの試掘が始まりました。メタンガスって腐泥から発生するんではなかったっけ?(笑) (2012 Feb, 17記)

ⅵ フロリダ半島で、骨に含まれていたリンが鉱石となって多量に産出している。
  Phosphorus included in a bone in Florida Peninsula becomes the ore and produces it abundantly.

   カルシウムは水に溶けるが、燐は水に溶けない!
   Calcium dissolves in water, but phosphorus does not dissolve in water!


  墓地・子供の頃の思い出(別紙報告書より)

その頃は今のように火葬ではなく土葬が一般的であった。その墓地の大抵は住家のはずれにあり恐ろしい所。その墓地で夏場の怪談話に決まって出てくるのが「火の玉」の話。暗闇の中、青白い火の玉がフワフワユラユラと。今では、そんなことを信じる子供たちは殆んどいなくなった。それは死亡した人の魂だとか、ウソかホンとか知らないが、「リンの発火点はおよそ60℃で、死者の骨髄に含まれるリンが、夏場の高温で墓石温が上がり発火したもの」等と聞かされていた。ちなみに魚の骨は炭酸カルシウムでカエル等の両生類や人の骨は燐酸カルシウム。フロリダ半島では、大西洋からの巨大津波とアマゾンを突き抜けた大津波と東太平洋を北上した巨大津波が合流し渦巻いている。そして夥しい魚類が、生物が打ち寄せられて、その屍は白骨化し、累々たる山を築き上げた。やがては骨のカルシウム分は溶けて流れ出す。“リンは水に溶けない”ので鉱石となって残った。第三ステージのナイジェリアのメルリール湖の近くでもリン鉱石の産出(中学生地図)がありました。

ⅶ 6,500万年前に南極から北上し、北米大陸の 「西側へ」上陸した巨大津波!!
 この項目の概略は、拙電子出版「巨大隕石と大津波」で述べています^^。

  To be continued ^^♪ つづきます。・・・♪
                   myブログ 2012 Feb.21 記より □

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