teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


2018年夏-1

 投稿者:デレ  投稿日:2018年 8月 5日(日)08時32分50秒
  全国の皆様.暑中お見舞い申し上げます。
異常な暑さの中体調は如何でしょうか、くれぐれも熱中症に
かからぬよう体調を崩さぬよう気をつけて下さい。
又台風等の災害に遭われた方.お見舞い申し上げます。

今年も夏の星置会を8/4(土)開催致しました、体調不良等で
参加出来ない方が出た為13名での宴会になり少々寂しかったの
ですが、何時もの通り和気あいあいでした。

集合写真ですが全員で撮った写真ですが.鮨屋のおかみさんに
お願いしたのですが撮れていませんでしたので1名抜けた写真で
 .....いいんでないかい!
 
 

台風と大雨の影響

 投稿者:Takenaga Hisakuni  投稿日:2018年 8月 1日(水)13時47分10秒
  掲示板に滅多に投稿することがないのですが久しぶりの投稿です。

間君が台風12号のことを心配してくれていますが、諫早市ではこの
台風による被害は特になかったです。8月にはいりましたが異常に
暑い日がしばらく続きそうです。体調を崩さないように気をつけたい
と思っています。散歩もさぼっていて、歩数も伸び悩んでいます。
さて、今年の台風では7月3日に長崎県を通過した台風7号により、
我が家は多少の被害あり。突風により屋根瓦が飛んだり、割れたり
して天井裏に雨漏りが発生。天井裏にバケツや洗面器などを置いて対策、
一苦労でした。しかし比較的短時間で雨もやんで安心したものです。
幸いにして翌日だけは雨が降らなかったので、大工さんに応急処置を
してもらったので助かりました。その翌日からはまた大雨が続いたので
本当に良かったと思っています。屋根裏に入ったのは、昭和57年7月末に
発生した長崎大水害以来のこと。その時私は諫早には帰宅できず長崎市内
に一泊したので、まだ小学生だった長男が屋根裏に入ってバケツなどを
置いたものです。思えばあれからずいぶん時間が経ったものです。

最近の異常気象は当たり前になってきていますが、今後も台風や大雨情報
には注意して早めの準備が必要ですね。
そしてお互い健康に留意して過ごしましょう。
 

猛暑酷暑

 投稿者:ユッチ  投稿日:2018年 8月 1日(水)10時15分34秒
  それにしても暑い、暑い。
畑の草は伸び放題なので、朝6時から7時半までジイさんは畑に芝刈り。そして日中は家の中に引きこもりの毎日です。

先の豪雨では四国各地にも大きな被害をもたらしたが、徳島の我が家は特に被害はありませんでした。近くに旧吉野川という大きな川がありますが、危険水位を越えなかったのでホッとしています。
ただ、息子の嫁さんの実家が高知県宿毛市にあり床下浸水をしてしまって、軽トラ2台分の泥を掻き出したそうです。高齢でこの暑さの中、大変だったそうです。

迷路台風12号は徳島は中心から少し外れたので特に被害はなく恵みの雨になってホッとしています。
8月は台風本番の月ですが、あまり暴れて欲しくないものです。

 

台風と豪雨災害

 投稿者:stretchⅤ世  投稿日:2018年 7月31日(火)19時49分18秒
編集済
  今年の天候は異常そのものですね。

熊谷市では、観測史上最高気温の41.1度を記録するし、
関西、中国地方の豪雨被害、今までなかった台風の逆走と迷走・・・
何かの前ぶれでしょうか。

ところで、関西の同期諸氏は被害に会わなかったのでしょうか。
四国でも相当被害があったようですし、九州の被害も大きいようです。
長崎は山が多い地形ですし・・心配です。
被害がなければよいのですが・・・
 

つい歌の話

 投稿者:c-cat  投稿日:2018年 7月30日(月)04時02分52秒
  私のつまらん長話、c-cat節は、しばらく自重して沈黙するつもりでしたが、
歌の話しがでてくると、ついむずむず。

もりのこかげでどんじゃらほい、
あの歌は、戦前までは、やしのこかげでどんじゃらほい、
こびとさんがそろって、は、どじんさんがそろって、でした。
私は品川さんの家にあったSPレコードで聞きました。

私のラバさん酋長の娘、色は黒いが南洋じゃ美人。
ずーっと、ラバさんの意味が判りませんでしたが、"ラバー・カムバック・
トゥー・ミー"の曲を知って、あれっ、ラバは「lover」恋人じゃん。
敵性言語だろー、イイのか、と思いましたね。
調べたら、太平洋戦争突入前にレコードが発売されていました。
 

戦争と歌

 投稿者:k-hana  投稿日:2018年 7月29日(日)08時51分9秒
  戦争が歪めた歌も有るけれど、逆も有る。

「汽車ぽっぽ」は出征兵士を送る汽車の歌だったが、戦後改変されたそうです。でも、あ
の曲は、千語の歌詞の方が似合っているかもしれない。とすれば、原作者の真意は何処に
有ったのか?

「里の秋」はもっと複雑。当初のタイトルは「星月夜」で、3番、4番は戦意高揚を歌っ
ていたらしい。戦後改変されたのだが、背景を知れば戦争の名残を感じさせる。作詞者
は、当初は戦意高揚の気分で書いたが、戦後はそれを恥じて書き直したそうです。

「里の秋」は私が小学校に入学した時、同級生がよく歌っていました。後で知ったことで
すが、その子は両親が無く、祖父母に育てられていました。それを知ると「里の秋」がよ
りしみじみと感じられました。
 

海王丸異聞

 投稿者:きー坊  投稿日:2018年 7月27日(金)17時52分47秒
編集済
  海王丸が小樽港沖に錨泊中なんだけど、
海王丸違いでウロウロ走行距離を稼ぐ。
なまらちかれたべぇ~!

https://www.facebook.com/media/set/?set=a.1797493637000177.1073742244.100002186735589&type=3
 

*

 投稿者:c-cat  投稿日:2018年 7月26日(木)21時48分28秒
編集済
  確かにビクターから発表されたレコードは一番だけなのですが、
発売前には、二番三番も作られてはいたが、時局を考慮して改変し、
発売禁止や当局に睨まれないようにして、一番だけを抽出して発売
したのではないかと想像しています。
事実、彼(灰田勝彦)の歌で発売する予定のレコードが、戦時下に
ふさわしくないという理由で発売中止にされている曲もあるのです。

追詞を作った浅井慎平氏は、そのへんの事情を知っていて、
「その本来の情緒」を再現したく、あったかも知れない佐伯孝夫氏
の著作権を侵さないように配慮して、二番三番を新たに作ったのだ
と想像します。

なにしろ私の店で催された白石信&ナレオ・ハワイアンズの公演の
日に、浅井慎平氏から最初のタイトル「最後の夕日」の話しを直接
に聞いたのです。
 

 投稿者:きー坊  投稿日:2018年 7月26日(木)20時44分12秒
編集済
  一番だけだったらしい。
http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/64628/51989/63782583
 

鈴懸の径に戦争の影

 投稿者:c-cat  投稿日:2018年 7月26日(木)19時50分49秒
  夏草やつわものどもの夢の跡
強烈な日差しに枯れ果てた草、荒れて廃れた光景に立って
こそ、荒城の月の歌詞とおなじに、在りし日の古代の栄華
の姿を対比し、想像してみて偲んだのでありますよ。

c-catとk-hana氏の投稿が交互にばかりでは、なんだかねー、
しかもc-catのどーでもいい暇つぶし話しは、なんだかねー、
と思われているのは重々承知はしているのです。最近の私の
あまりの頻出度は、調子こいているようで厭味でしょうし、
しかも相変わらず長い。申し訳ないとは思っています。

でも、プラタナスの樹の話しを書いた後で、どーしても書い
ておきたい話題を想い起こしちゃったんです。暇な人だけお
付き合い願います。プラタナスは、日本では鈴懸の木ですね。
鈴のような丸い実が、振り分け荷物のように成るので鈴懸。

話したいのは、
"鈴懸の径(すずかけのみち)"という曲にまつわる話しです。

ある時に、貸切でハワイアンのライブがありまして、お客に
写真家の浅井慎平さんが来店していました。彼は青空と海が
大好きな人でハワイアンも大好き。乞われて一曲、ウクレレ
を弾きながら"鈴懸の径"を唄いました。
唄い終わって彼は「この曲のタイトルは最初、"最後の夕日"
(私の記憶は少し曖昧だが、たしかそんな名前)と付けられて
いたのです。」と話しました。初耳でした。

私はその言葉に、えっ、そーなんだと思い、この曲に対する
印象を変化させました。それまでは舟木一夫の"高校三年生"
やペギー葉山の"学生時代"と同様な、学生歌謡と単純に捕ら
えていましたし、戦時中に作られた歌にしては軽快で明るい
曲だと感じてもいました。もちろん好きな曲ではあります。

皆さんこの曲はご存知とは思いますが、一応説明しますと、
1942年9月(戦時中)に灰田勝彦の歌でレコードが発売され
大変人気を得た曲です。

戦後になって鈴木章治とリズムエースがジャズにアレンジ
して演奏し大ヒット。そして来日したベニー・グッドマン
楽団のアルト奏者ピーナッツ・ハッコーがクラリネットで
鈴木章治とデュオ演奏をし、その録音音源のレコード化が、
またまたジャズのシングル盤では珍しいほどの大ヒット。
ハッコーもこの曲をすっかり気に入り"Platanus Road"と
して世界各地の公演で演奏した曲です。
私にとっては、この演奏が脳裏にありますから、とりわけ
明るく軽快にスイングする曲の印象が強くあったのです。

しかし、元は戦争中の時局さなかでの歌です。
鈴懸の径は、歌った灰田勝彦の母校である立教大学の校舎
に至る道ということで、現在はその路に記念の歌碑がある
そうです。
作詞は佐伯孝夫で、後年に"銀座カンカン娘"や"有楽町で逢
いましょう"や"潮来笠"や"いつでも夢を"などの多くの作詞
で名をなした作詞家です。
作曲は、灰田勝彦の兄の灰田有紀彦(灰田晴彦)で、兄弟共
にハワイのホノルル生まれでした。この兄は日本に帰国し
ハワイアン・バンドを組んで演奏し、人気を得ていたのです
が、ハワイアン演奏が敵性音楽だとして禁止され、その時期
に作曲家として活動し、弟のために"鈴懸の径"を作曲したと
いうことらしいです。
曲が当時としては垢抜けているのは、作曲した灰田有紀彦が
ハワイ出身であり、ハワイアンのみならず米国のポピュラー
音楽の雰囲気を、自然に体得していたからかもしれません。

さて、本題です。浅井さんの言った"最後の夕日"。
この投稿をするにあたって、確認のために"鈴懸の径"に関す
るエピソードで、夕日や落日の言葉がでてくる説明を捜しま
したが、どこにも見つかりません。本当なんだろーか。
それにタイトルが"最後の夕日"なら、歌詞のどこかに夕日や
落日や太陽という言葉があるはずではないか。そのような語
が何もないのに"最後の夕日"というタイトルは変じゃないか。

友と語らん鈴懸の径
通いなれたる学舎(まなびや)の街
やさしの小鈴  葉かげに鳴れば
夢はかえるよ  鈴懸の径

やさしの小鈴  葉かげに鳴れば
夢はかえるよ  鈴懸の径


どこにも夕日などという言葉は見当たらず、これだけの歌詞。
しかし、短か過ぎはしませんか? 当時でも流行歌ならば二番
三番があって普通です。しかも有能な作詞家である佐伯孝夫
ならば、せめて二番は作詞しようとしたはずではないのか?

ここからは私の想像です。最初にせめて二番はあったのでは
ないか。この曲のレコードが出たのは1942年9月。
この年の6月にはミッドウェイの海戦で日本軍の大敗、8月に
はガダルカナル島での玉砕。
戦時中の大学生は一応エリートです。大本営の発表がどうで
あれ、戦局の悪化、敗戦への傾斜のような先行きの暗い予感
を雰囲気として感じ取っていたのではないでしょうか。
学業を卒業したら、いや、あるいは学業を放棄させられても
兵役に取られ、戦地へ送られる運命にある。
そうした暗い将来への気分が、学生どうしの間には共有され
ていたのではないでしょうか。
事実、翌年から学徒出陣が開始されます。

そうした学生の情感を、いつの日にまた再会できるかどうか
もしれない学徒の友情のいまを、素直におだやかに表現した
歌のつもりだったのかも知れません。
しかし、灰田兄弟はハワイ帰りのアメリカかぶれで、勝彦の
甘い感傷的な歌声は、一億総決起の時局には軟弱でけしから
ん、と軍部には苦々しく思われていたそうですし(これは他の
方のサイトの受け売りです)、最初にあったかもしれない歌詞
は、反戦とはいわずも厭戦気分を助長するといった理由から、
レコードとして発売するさいに、問題が起きないように改変
したのではないでしょうか。タイトルも歌詞の除去なども。
兵役招集されるは名誉であり、勇んで喜んでお国の為に天皇
陛下の為に、死地におもむくのが正しい臣民の姿だった当時
の世情だったのですから。

やさしの小鈴  葉かげに鳴れば
夢はかえるよ  鈴懸の径

夢はどこへかえるのでしょうか。鈴懸の径へ。
青年たちには、おのおの将来への夢があったと思うのです。
研究者、芸術家、実業家、政治家、それらの夢は戦地で儚く
ついえてしまうかもしれない。その夢をせめて学舎の小径に
とどめておこうというのか。あるいはまた運良く生還できた
なら、再びとどめていた夢をひらけたら、なのか。

浅井慎平さんからは良いことを聞きました。
 

テンポラリーランナー

 投稿者:k-hana  投稿日:2018年 7月25日(水)11時34分53秒
  「夏草や・・・・」は名句中の名句ですね。何かにつけて思い出します。
「でも、枯れてボロボロの草じゃね」なんて突っ込みたくなるのは私の悪い癖。

それはさておき、先日行われた少年ソフトボールの神奈川県大会は、私にとって夢の跡
です。
準優勝は2度目ですが、一度目は「よくやった」感が強かったのに、今回は悔しさが募
ります。実力的に優勝可能で、内容的にも押していたからです。
勝負に運不運は付き物で、今回もタラレバの山です。しかし、その中で1つだけ本当に
残念なことが有ります。それはテンポラリーランナーです。
テンポラリーランナーとは、「2死で塁上にキャッチャーが居る場合、最後に打順の回
って来るランナーを代走に立てることができる」と言うルールです。このルールの目的
は、塁上にキャッチャーが居たままチェンジになると、防具を着けるまで試合再開が遅
れるので、それを避けることです。
キャッチャーの前の打者がアウトになっていると、その打者がテンポラリーランナーに
なりますが、私達のチームでは、キャッチャーの前がレギュラーーで一番の鈍足です。
決勝では1回表2死で3番キャッチャーが四球を選び、4番打者がライトオーバーを打
ちましたが、本塁突入したテンポラリーランナーがバックホームで刺されました。テン
ポラリーランナーを出さなければ先制点を取れていました。
テンポラリーランナーは義務ではないのですが、私達の監督は試合進行に協力しようと
いう精神で、必ずテンポラリーランナーを立てます。今までは、その程度の不利はもの
ともせずに勝ち進んできましたが、最後にそれが裏目に出ました。監督は「君たちは良
くやった。負けたのは私の采配ミスだ」と選手に謝っていました。
試合後話し合ったことは、テンポラリーランナーを出すなら、打順を見直した方が良い
と言うことです。単純に2番と3番を入れ替えていれば、余裕でセーフでした。なお、
私達のチームは2番も強打者タイプなので、打順の入れ替えは可能です。
そうした反省も踏まえ、さらに逆風に負けないように強打を磨き、秋は優勝したいと思
います。
 

毎日、暑いですね。

 投稿者:c-cat  投稿日:2018年 7月23日(月)21時13分15秒
  暑いですね。
とりあえず、きー坊は元気なようなので安心しました。

連日の猛暑なので、涼しい話しをでもと思ったのですが、
暑かった旅の思い出を少し。二日酔いに迎え酒、効くのか?

こないだの旅は五月でしたが、ギリシャでの旅行者はみんな
帽子にTシャツにサングラスといった夏姿でした。
真っ青空のピーカンで日差しは強いものの、湿度がないので
日陰に入るとほっとするという感じでした。北海道と同じ。

パルテノン神殿の遺跡の丘は、日差しを遮るものがなく、
かなり暑さにまいると聞いていましたが、当日は風があって
丘の上を吹き渡っており、それほどの強烈さは感じずでした。

もの凄い暑さを記憶しているのは、スペインのコルドバでの
経験でした。40℃近くになっていた筈です。
有名なメスキータ近くの(昔はユダヤ人が住み着いていた一角)
ユダヤ人街と呼ばれているフデリア地区。
細い通路の白い壁には赤い花の鉢植えが飾られていて、とても
美しい街並なのですが、写真を撮っているうちにカメラ(むろん
フィルム・カメラ)が誤動作して撮れなくなりました。電池の
消耗もあったとは思いますが、気温の影響もあったと思います。

もう一カ所、猛烈な暑さの記憶はトルコででした。
その時のツアーでは、ビーナスの神殿遺跡と呼んでいた記憶で、
確認のために検索しても全く異なるサイトや記事ばかりが出て、
ヒットせずでしたが、やっと[アフロディスィアス遺跡]という
正確な名称が判りました。普通のツアーではめったに寄らない
その遺跡に、時間の都合か、急遽ついでに寄ったのです。
やはり強烈な、クラクラするような、周囲が白く感じるような
暑さでした。
小さなほとんど廃墟となっている神殿跡でしたが、その近くに
古代の競技場跡(映画ベンハーでの戦車競技場を彷彿とさせる)
が、かなりしっかりと残っていました。
すり鉢状の観客席を降りて歩いてみたのですが、大地を覆って
いた雑草はカラカラに乾燥し枯れ果てており、触るとポロポロ
と崩れ落ちました。
つい「夏草やつわものどもの夢の跡」と口ずさみましたよ。

その場所から、かなり遠方に停めたバスに戻るために歩いて
いた途中に、プラタナスの大木がありました。天をつく高さ
で、枝は四方に豊かに広がっています。
あまりの暑さで一行はへたりぎみでしたので、その樹木の下
で一休みすることになりました。木陰はほっとするひととき
の涼味を与えてくれました。
日本でもプラタナスは街路樹として、あちこちで見かけます。
ですが、この大木のプラタナスの木陰で憩いを得た経験から、
ああ、プラトンはこのような樹の下で、哲学の講義をしたの
だな、とプラタナス(プラトンの樹)の意味と、古代ギリシャ
でのプラトン学派の授業の様子が、非常に理解できたのです。
 

甲子園への道

 投稿者:k-hana  投稿日:2018年 7月23日(月)10時00分45秒
編集済
  今年の潮陵は惜しかったですね。
北照が代表になりましたが、その北照に小樽地区決勝で8回表まで7-3でリードして
たんですね。そのまま押し切れたら、あるいは甲子園に手が届いたかも。その時は、万
難を排して応援に行きたかったです。

少年ソフトボールの神奈川県大会で、私達のチームは決勝でヨナラ負けしました。限り
なく県大会制覇に近づきましたが、悲願はなりませんでした。
相手も完成度の高いチームで、決勝に相応しい好ゲームでしたが、私達は自慢の強力打
線が逆風に泣かされました。逆風にも拘わらず相手チームは深めに守っていましたが、
シングルヒットならOKと言う方針がハマったようです。
私達のチームにとってもう1つの不運は、エースが肘の故障で万全ではなかったことで
す。大会初日は16日で、この日は第2投手が2試合完投しました。2日目の21日も
1試合目は第2投手が投げ、2試合目の準々決勝からエースが登板しました。
エースは期待に応え、21日の準々決勝を完投、22日の準決勝も完投しましたが、決
勝の6回途中で肘痛が再発しました。
第2投手がリリーフし、6回は切り抜けましたが、7回にヒットとバントの処理ミス、
一塁塁審の有り得ないような誤審で満塁とされ、一二塁間のゴロはセカンドが好捕した
もののバックホームできませんでした。塁審のミスは許し難いですが、バントの処理ミ
スがなければ問題なくしのげていた筈で、土壇場でミスが出たことが残念です。
今年はエースの肘痛に加え、5番打者も足の捻挫で万全ではありませんでした。2戦目
にはセンターの子が腹痛でトイレに行っている間に代役のトンネルで満塁の走者を一掃
されました。様々なアクシデントに見舞われながら力強く決勝進出した私達のチームを
誇りに思っています。
私達は新チーム結成以来犠打0です。秋には逆風にも負けない打線を作って、優勝した
いと思っています。それができたら、伝説になりそうです。
 

東京、暑かろう!

 投稿者:きー坊  投稿日:2018年 7月22日(日)04時42分56秒
編集済
  こんな記事見つけました。蝦夷地より愛を込めて!

東京の夏が「昔より断然暑い」決定的な裏づけ
https://toyokeizai.net/articles/-/229965
 

中国EMS恐るべし!

 投稿者:きー坊  投稿日:2018年 7月21日(土)13時05分44秒
編集済
  ↓ 『きー坊様が暑さにめっちゃ弱いのは知っていますが、
特に暑いわけでもないんでしょ。
いかにおわす、つつがなきや友ガキ。』
に反応して投稿します。

お天気もイマイチで狸くらいしかトピックスなし。
いい写真でも撮れたら投稿しますがね。
というわけで、しょうもないトピックスをどうぞ。

Facebookでよく宣伝しているUSBエアークーラーなるものを購入してみた。
17~18cm角と小型で、けさのトレーニング後に、テーブルの上に置き、
顔に涼風を当てたら、汗が一気に引いたので、私の体にはよいチョイスだった。
これで冷房代を少しは節約できそうだ。

しかし中国から発送とは知らなかった。困ったのは中国EMSの当てにならなさだ。
結局届くまでに一ヶ月と一週間かかってしまった。
06/12に発注し、翌日購入確認メールが来た。
06/22に発送通知-追跡番号のメール、つまり約10日後、ふ~ん。かなり長いね!
さらに約10日間。
07/03に中国EMS引受。これ以前は追跡番号が役に立たない。
07/04に広州国際交換局から発送、この後約二週間どうなっているのかね?
07/17に川崎東郵便局到着、18に通関、19に発送
07/20に我が家に到着、日本国内はやたらに速い。
なまら疲れたぁ~!
 

雨戸あけたら人だかり

 投稿者:c-cat  投稿日:2018年 7月20日(金)17時15分16秒
  デレ氏などのお腹立ちはごもっとも。
多数で嵩にかかって何でもあり、なんでも通ってしまうご政道でありますね。
民意も議論も討論もなんら意味をなさず、虚しいもんですわ。

それはともかく連日の東京の猛暑。酷暑と云ってもいいでしょう。
くそ暑い夏が大好きな私も、やはり歳のせいでしょうか、ちょっぴり参ったな
イイカゲンにせーよ、という気分の毎日です。

ちょっと気になるのは、最近のきー坊様のなんだか元気のなさ。
友の便りによれば、北海道の今年の夏はむしろ寒いくらいとか。きー坊様が
暑さにめっちゃ弱いのは知っていますが、特に暑いわけでもないんでしょ。
いかにおわす、つつがなきや友ガキ。

よく「便りのないのは無事の知らせ」とか言われますが、我々の年齢になると
どっこいそーとばかりには安心できない。厄介なもんです。
そー云えば、少し前に大笑いをした話題を思い出しました。

新聞で高齢者川柳というのを、見たのです。
ほとんどが自虐的なユーモアで、なかなか面白いのですが、一番可笑しかった
のが次の一句でした。
読後は一瞬、意味と情景が判らずでしたが、「高齢者」というので、すぐに
シーンがありありと浮かびました。

「寝坊して雨戸あけたら人だかり」

あ~ぁ、よく寝た、寝過ごした、もうこんな時間かよ。
さてと起きるか、と雨戸をガラっとあけたれば、窓の外は近所の人の人だかり、
なんだっ、なにっ、おい、俺はまだ死んでねー、死んでねーったら!
冗談じゃねえ。
 

私の願い

 投稿者:k-hana  投稿日:2018年 7月20日(金)12時05分13秒
  何度も繰り返しますが、「この程度の国民にこの程度の政府」です。今在る日本は我々世
代が創ったものであり、我々の責任です。
政治家も我々より若い世代が多くなっています。安倍首相も昭和29年生まれです。我々
がどれほど息巻いても、最早手遅れです。
この先、日本が良くなるとすれば、それは若い世代がどれだけ危機感を持って動くかだと
思います。我々は、それを見守るくらいしかできません。
しかし、本当の危機感を持つのは非常に難しいことです。明治維新は黒船の衝撃が直接の
発端になりましたが、それ以前にアヘン戦争も大きな衝撃でした。薩長連合は両藩が英国
などと戦ったことから生まれました。
危機感が無ければ、社会も政治も堕落して行きます。だからと言って、危機を待ち望む訳
にも行きません。大きな変革には大きな痛みも伴います。明治維新においても、抵抗勢力
の代表だった会津や維新政府に使い捨てされた赤報隊、武士時代の終焉と言われる西南戦
争など、様々な悲劇が有ったのは周知の通りです。
明治維新の当時、本当に危機感を持っていたのは一握りです。それでも大改革ができたの
は民主主義の時代でなかったからです。今は、少なくとも形式的には民主主義です。国民
の大多数が危機感を持たないと改革はできません。私の願いは、危機が訪れた時に、若い
世代が奮起してくれるとことです。
 

楽しくない話-1

 投稿者:デレ  投稿日:2018年 7月19日(木)10時15分47秒
  参院定数が「一票の格差是正」の為人口減にも拘わらず6増だとさ!
そのうち政党が推す特定枠が2名、これが民主的な日本の選挙だとさ!
全くもって有権者をバカにするのも甚だしいでないかい。

人口減や少子高齢化等で国の財政悪化傾向の中、身を切る財政改革
はどこへ行ったのでしょうか?

参院の248名は6年間も高給での職場確保としか思えないのですがネー
参院は誰が言ったのか「良識の府」でしたが今では「不要の府」では
ないかい... 日本の政治もずいぶん落ちたもんですハイ。


 

気持ち分かります

 投稿者:k-hana  投稿日:2018年 7月14日(土)21時18分37秒
  私もトイレが近くなることが有り、チシャ猫さんの気持ちは分かります。マリア様が優しくて良かったですね。日本なら、さしずめ観音様ですね。

どころで、アマリア=ロドリゲスは私の大好きな歌手の一人です。
遥かな昔、独身寮に居た頃、夜の12時頃の放送で、坂本スミ子が紹介する番組が有りました。そこで聞いたアマリア=ロドリゲスに持って行かれました。あれは凄かった。
ファドに2種類あることは、その後のTVで知りました。でも、アマリア=ロドリゲスは日本人の琴線に触れますね。
 

(無題)

 投稿者:モリモリ  投稿日:2018年 7月14日(土)11時36分54秒
  最近は投稿はしませんが、c-catさんの投稿にただ一言「久しぶりに面白い。」腹抱えて笑いました。  

ファティマの奇蹟

 投稿者:c-cat  投稿日:2018年 7月13日(金)20時50分53秒
編集済
  ちょっと重たい話題をクソ真面目に書いてしまったので、
罪ほろぼし(?)に、いや照れ隠しに、口直しとして愉快な
話題を書こうと思います。

先般十数年ぶりに海外旅行をしましたが、もとより海外
旅行が好きでした。ほとんどは季節のよい初夏のツアー
を狙うのですが、なぜかポルトガルだけは冬の二月頃で
した。たぶんツアー料金が安かったからでしょう。

現地を旅していろいろ学んだことは多いです。まず同じ
イベリア半島の隣同しでも、スペインとは国民性も文化
もまったく異なります。むしろ海を挟んでのイギリスと
似通っているような気がしました。また国民歌謡である
ファドにはコインブラ・ファドとリスボン・ファドとが
あり、双方は歴史も内容もまったく異なるとか。
(アマリア・ロドリゲスの"暗い艀"はリスボン・ファド)

それと、私は奇蹟に関わる得がたい体験をしたのです。
さあ、それをこれからお伝えしようと思います。

ポルトガルにファティマという小さな町があります。
聖母が出現したという、奇蹟で有名な町です。(詳しくは
ファティマの聖母をググってWikipediaを参照されたし)。
普段は静かなこの町も、聖母が出現したという五月の季節
には、巡礼者や奇蹟を起こして欲しい人々で殺到し、近隣
の宿屋は満杯になるそうです。

私は旅行前に偶然、この町に奇蹟を求めて来た信者の姿を
テレビで見ていました。まず長い蝋燭を買い火をともして
献納します。そして(たぶん)その蝋燭が尽きるまで、広い
石畳の広場を奇蹟を祈りながら、いざって(膝を石畳に付け
たまま這って)巡回するのです。
重篤な病床にある患者や、不治の病を宣告された人の親戚
縁者、あるいはなにか危機的状況にある人がなんとかその
状態を逃れんとして、藁をもすがる思いで念じるのでしょう。

私たちツアーがファティマを訪れた時は、シーズンオフで
まるで閑散としていました。われわれ団体のほかには小人数
の外国人グループがいただけ。広場には人っ子ひとりおらず。
礼拝堂のような記念館のような建物の中を案内され、ガイド
の説明を聞きながらぞろぞろ移動しておりましたが、寒い。

私は寒がりです。寒さに尿意を催してきました。しばらくは
我慢して団体に着いていましたが、シッコしたさはいや増す
ばかりではありませんか。ポケットの中でチンコを押さえて
我慢していましたが、これはたまらん、もう漏れそーとなり
建物内のトイレを血眼で探したのですが、見つかりません。

団体を離れてひとり建物の外へ飛び出しました。
しかし施設の全体を見渡しても、なかなかトイレは見つかり
ません。危機的状況です。漏らしたりしたら恥ずかしい。
広場の中央で見渡すと、おお、施設の入口あたりに、あれは
ナンダ!トイレではありませんか。
おお、私は走りました。走れメロス。ポケットの中でチンコ
を固くしっかり押さえながら。

あったぁ、助かった。聖母マリア様のお助けです。
トイレに駆け込みますと、入ってすぐに足場があり対面の壁
に上から水が流れている場所がありました。奥を見ると突き
当たりにドアのあるたぶん大用のトイレが見えました。
するってーと男性の小用はこれだな、と足場に乗って水が流れ
ている壁に対面し、間際は慎重に(これが大事です。土壇場で
焦ると粗相をしでかすものですよ)落ち着き、ついに目的を果
たしました。ほっと安堵の心地よさ、マリア様のお助けです。

先ほどの焦りはどこえやら、安心すると好奇心旺盛ですから
トイレの奥はどうなっているのだろう、と奥へ入っていきま
した。するとどうでしょう。入口からは見えなかった奥には
男性の小便用の朝顔がずらりと並んでいるではありませんか。
はてな? すると俺がさっき気持ちよく放尿した場所は一体
なんだったのだろう?
もしかすると、這って願い事をする人の手足を洗って清める
清めの水場か。神社でなら手水にあたるものではないのか。

その場所に気持ちよくしゃーしゃーとシッコをぶちまけた俺
は、なんという罰当たりなのか。ああ、マリア様お許しを。
私は本当に誰もいないトイレの天井を見上げました。マリア
様にこの一部始終を見られてしまったような気がしたのです。
知らぬ事とは云え、お許しくださいませ。日本から来た無知
な田舎者の所行をお許しくださいませ、と願いました。

なにしろ奇蹟が起る町なのです。
旅行から帰って、ある朝目覚めるとチンコが蝶結びになって
いたりしたら、蜂や害虫に刺されたように、米俵のように膨
れあがっていたりしたら、どうしますか。
私はせめてもの罪滅ぼしのために、帰り際にしょぼい屋台の
土産物屋から、安物のペンダントだかお守りだかをいくつか
買いました。

帰国して、当時参加していたバンドの女性メンバーや会社の
女性社員に、その安物のお守りペンダントをばらまきました。
が、同時にトイレの一件もついでに話しましたので、貰った
ひとは全員すぐに捨てたと思います。

矢来数十年、私の品行方正な(?)生活態度にマリア様も免じて
くれたのでしょう。心配した奇蹟はまだ起きておりません。
 

マインドコントロール

 投稿者:k-hana  投稿日:2018年 7月13日(金)19時06分23秒
  マインドコントロールは怖いですね。しかし、マインドコントロールは古今東西至る所
に有りました。

オウムでマインドコントロールされたのは少数です。タリバンやISに比べれば可愛い
ものでしょう。キリスト教社会でも魔女裁判と言うマインドコントロールが有りまし
た。ナチスもマインドコントロールでしょう。

日本の近現代史を見ても、幕末は幕藩体制のマインドコントロールや、攘夷のマインド
コントロールを西欧近代思想の影響が破った訳ですが、それもまた、帝国主義や国粋主
義のマインドコントロールに堕ちて行きます。
戦後はGHQによるアメリカ崇拝のマインドコントロールと左翼によるソ連崇拝のマイ
ンドコントロールが鬩ぎ合い、アメリカ崇拝が勝った訳ですが、批判勢力を失った結
果、保守政権の暴走が始まりました。
特に、安倍政権になってからは、秘密保護法、集団的自衛権、カジノ、参院の議席増な
ど、批判の多い立法だらけです。おまけに、モリカケを始めとする不祥事の数々。それ
でも選挙になれば強い理由は「他にないから」です。しかし、そう思わされることがマ
インドコントロールだと思います。逆に言えば、野党にはマインドコントロール能力が
無いのでしょう。

しかし、人間とは、そもそもマインドコントロールされ易い動物なのかもしれません。
何教であれ、宗教を信じることはマインドコントロールされると言うことでしょう。無
神論者でも、何かを心の拠り所にしている筈です。一時はマルクス主義にマインドコン
トロールされた人々も居ました。
現代は信じられるものが無くなった時代です。それは新たなマインドコントロールが入
り易い時代でもあります。私も、今現在、何かにコントロールされていないか不安にな
ることが有ります。
 

西日本の豪雨災害と、腹ふくるるを回避する関連感想

 投稿者:c-cat  投稿日:2018年 7月12日(木)19時20分20秒
  大風呂敷を広げるまえに、西日本の豪雨災害ですが、
予想を超えた甚大な被害になってしまいましたね。

家屋の崩壊などはともかく(と言っちゃあなんだが)
人命がこれほどまでに多く失われるとは悲惨ですね。
予報で大雨による土砂災害などの警告や避難勧告も
事前にあったと思いますが、せめて命だけはなんと
かならなかったものかと思います。
これほどまでにとは思い至らず、まだまだ大丈夫と
避難が遅れてしまったのでしょうね。
用意や予想をはるかに超えて、堤防の決壊などが早
かったということもあるのでしょう。

さて、ここから先は書くのをためらいましたが、
おぼしき事言わぬは腹ふくるるわざとの兼好法師に
励まされて、書いてしまいます。
未曾有の豪雨被害の直前に、オウムの教祖と幹部の
死刑執行がありました。
私はふと、ネット上でワカモノ達の中のバカモノ達
が、この異常な豪雨を、麻原某の呪いであるとか報復
であるとかの言説を飛び交わせているかもしれない
と思ったのです。

そうした言説は、麻原某の「霊力」や「超能力」と
やらを肯定することになり、彼の神格化にも繋がり
ますから、大人のメディアではさすがに関連を慎重
に避けると思います。馬鹿テレビの馬鹿番組ですら。
それは災害で失われた命への冒涜にもなりますし。

ただ私は、教祖と幹部の七名が同日に死刑執行され
たことには、ちょっと引っかかる気持ちがあります。
死刑制度の是非は(私自身は双方の意見に動揺して
態度は宙ぶらりんなのですが)このさいさておいて、
なにか国家によるパフォーマンスあるいはショウを
国民が見せられているような気がしたのです。

教祖の死刑については、私も含めて素朴な一般感情
からすれば、当然の報いであり、ザマー見ろと溜飲
を下げるむきがあっても理解はできます。
しかし他の幹部も同時に一斉の死刑執行は、「いい
か、国家を転覆しようと企て、そうした企みに加担
すれば、このようになるのだぞ」という「みせしめ」
の意図の匂いが漂っているように感じたのです。

犯した罪は償わなければならないのは当然です。
しかし厳正であるべき公明正大な法の裁きや執行に、
外部からのなんらかの意図や忖度や方向性が添付され
ているかもと、感じられるのは私には厭な感じがしま
した。これは私の穿ち過ぎかもしれませんが---。

そもそもあの時代の日本の状況に、あのような宗教が
生まれ、多くの高学歴の理系の若者達までが吸引され、
教団の変容とともに、あのような凶暴な犯罪に手を染
めてしまった事件。オウム真理教とはなんだったのか、
一連のオウム事件とはなんだったのか、
それらの深層を解析することを放擲し、たんに国民を
不安に陥れた狂気の集団による奇怪で凶悪な事件とし
て、手を染めた者を処刑することで一件落着させる。
それでなにかの事件からの教訓が得られるのだろうか。

さらに正直に云えば、死刑となった幹部は情報を遮断
された閉鎖状況でのマインド・コントロールされてい
る状況で、教祖の命に従って犯罪を実行し、逮捕後の
時間経過に従って(延命のためかもしれないが)数名は
悔恨の念や改悛の情を表明しており、これらの数名は
終身刑でもよかったのではないかと思っている。
彼らをして事件の実際の状況や本人の体験の詳細を語
らせ、深層に迫るほうがよほど今後の実になるだろう
というのは、私の甘すぎる考えなのだろうか。

7月10日の朝日新聞に、高村薫さんの「寄稿」が掲載
されました。今回の死刑執行を契機にしての考察の文
でした。彼女は時事の折によく意見を寄稿(依頼されて
原稿を書くのではなく)される人です。
正面から事象に向き合って熟考する人もやはりいるのだ
と(あたりまえですが、他にも無数いるでしょう)、読了
して感心しました。
 

arsからの連想

 投稿者:k-hana  投稿日:2018年 7月12日(木)10時46分57秒
  arsとは英語ではartのこと。
artは日本語の芸術。故に「芸術は長し」と訳された訳ですが、artの意味は広く、むし
ろ芸術と技術を併せたような概念のようです。
私は数年間特許事務所に勤務していましたが、その社長が「artへの想い」と言うこと
を口にされていました。その場合のartは芸術より技術を指しているそうです。ヒポさ
んのarsも芸術より医術を指しているのでしょう。

技術に対する一般的な英語はtechnicでしょうか。technicと言えば、technology、即ち
工業技術のイメージが有りますが、スポーツや、美術、音楽でもtechnicと言う言葉が
使われます。

一方、artからはAI=Artificial Intelligenceが連想されます。atrificialの反対語は
naturalです。
コントラクトブリッジと言うカードゲームは2組のペアが対戦しますが、ペアの中では
許されたルールの範囲で情報交換します。その情報交換のシステムが色々工夫されてい
ますが、ゲームの目標に対して比較的素直なシステムと、一見方向違いのような情報交
換をするシステムが有ります。
素直なシステムをnatural、素直でないシステムをatrificialと言います。naturalなシ
ステムしかなかった時はnaturalとは言わなかったようですが、atrificialなシステム
が出てきてからその反対と言う意味でnaturalと言うようになったようです。

では、artとtechnicはどう違うのか? ここからは私の勝手な推測ですが、technicは
具体的な技術そのもの、artはその背後に有る精神性、思想性も含んでいるような気が
します。
 

勝っちゃんの遺影

 投稿者:すずきこうじ  投稿日:2018年 7月 9日(月)12時35分13秒
編集済
    ↓ に続いての、何かあずましい気分の投稿です。

 前々週に弔問が出来ました。奥さんの正子さん、「私の遺影のつもりで
スナップを整理していた矢先」。裕次郎バリの格好好いスナップ、カット
した右側がご自身だとの事。
体調不良から療養が長引いていたとの由、さすがに面やつれが見て取れまし
たが、気の張りばかりではない気持ちの在り様が感じられました。本間さん
が相談に乗ってくださり心強い、などなど、ご本復を念じて辞去しました。

 c-catの書き込み、人生を広く捉えての大風呂敷、期待していますヨ。

 孫、4人兄弟の末っ子、を一日預かりました。上の子にしっかりもまれ、
手本にもし、なかなかのじじ・ばばキラーですが、外出から帰ったママ
にとびついていったのは、いかにもと、微笑ましいかったなあ~。

 

くそ真面目に「人生と時代と経験」に想うこと

 投稿者:c-cat  投稿日:2018年 7月 8日(日)20時17分15秒
  自分がすぐに死ぬとは思ってはいないのですが、
同年代の友人や知人が相次いで鬼籍に入っていく
のを知るにつれ、お前もそんな歳になっているん
だぜ、と暗に囁かれているような気にもなるもん
ですね。

最近では、ニュース等で有名人などの訃報に接し
て、死因のほかに享年(天が与えてくれた寿命)を
確認してしまいます。昔の自分の感覚とは多少
づれていて、60歳代なら「まだ若いのに」、70
歳代で「ちょっと早いなぁ」と。80歳代も後半の
お歳で、やっと「そんなものかな」と感じます。

「人生は短し、芸術は長し」はよく云われる言葉
ですが、これは本来ラテン語でヒポクラテスが
言ったという「 Ars longa, vita brevis. 」 。
(もちろんネットで確認しました。私がラテン語
など書けるはずがない)
ヒポさんは医学の父ですから、本来の意味ならば
Ars は(医学の)技術を指す言葉だったのでしょう。
ともあれ「人生は短し、芸術は長し」は、この歳
になって、しみじみ沁みる言葉ではあります。

うだうだと馬齢を重ね、漫然と生きて来てしまった
私ですが、近頃は人生と時代と経験というような事
をいろいろ思う事があります。
戦争経験のあった世代が消滅していき、かろうじて
敗戦直後の雰囲気を経験した我々世代も既に高齢者
となっていくことへの、少なからずの危機感もある
のだと思います。

時代と経験というような事を意識して考えるように
なったのは、少し以前のあることが切っ掛けでした。
それを書くと、またまた長文になること必定なので、
そしていまは店のライブ中で、受付の椅子でさぼり
ながらパソコンを使っているので、一旦停止しよう
と思います。
明日と明後日は、店の連休で(その後はうっかり月曜
休みもブッキングしてしまい30日まで休みなしです)
暇な時間に「時代と経験」とについて書きたいと考え
ています。面白くもない話題ですが、すみません。
興味の無い方はスルーしてくださいね。
 

同期会

 投稿者:k-hana  投稿日:2018年 7月 3日(火)13時36分20秒
編集済
  来年は卒業55年ですか!
今、札幌潮陵クラブの幹事は余湖君だそうですが、50年の時は、同期会の後、余湖君のお宅や研究室で色々面白い物を見せて貰いました。昔の工作大好き少年の面影が懐かしかったです。
しばらく小樽に行ってませんが、来年小樽に集まるなら寄らせて頂きたいと思います。
 

札幌潮陵倶楽部58期-4

 投稿者:デレ  投稿日:2018年 6月30日(土)12時59分25秒
  1.芹野晃一氏:カラオケ熱唱
2.集合写真

元気で宴会に出られる事は本当に幸せな事ですネ!
来年の6月6日は小樽で全国各地皆さんと是非再会しましょう。
 

札幌潮陵倶楽部58期-3

 投稿者:デレ  投稿日:2018年 6月30日(土)12時48分39秒
  1.松浦正芳氏と原宗夫氏
2.武居幸子(西本)さんと中村静江さん
3.木村一郎氏と岡田伸彦氏
 

札幌潮陵倶楽部58期-2

 投稿者:デレ  投稿日:2018年 6月30日(土)12時44分22秒
  1.服部義彰君と石川義勝氏
2.上田一敏氏と京谷紀夫氏
3.宮腰昭男氏と川口哲彦氏
 

レンタル掲示板
/183